• 古来より日本の各地で行われていた自然葬

    自然葬は、仏教が伝来して来るまで古代日本では一般的に行われており、高貴な方が亡くなると殯の宮が建築され宮の中で長期間にわたり遺体が腐敗及び白骨化するまで仮安置され、その後墳墓に埋葬される形で行われ、840年頃には第53代淳和天皇が、天皇として唯一散骨で葬送されています。
    平安時代の京の都では、洛外に当たる嵐山の北の化野や東山の鳥野辺、船岡山の北西一帯の蓮台野に庶民の遺体を運び、風葬や鳥葬などの自然葬で葬送していたとされています。

    現在の葬送方法は、暴利を貪る葬儀業界と坊主丸儲けと揶揄されるほど金にまみれた仏教界が作り上げた慣習に対して疑問を持ち始めた人達や墓の後継者問題を抱える人達、無宗教が大半を占める日本人などには全く適さなくなったと考えられ、樹木葬や海洋葬、宇宙葬などに注目が集まっています。

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    特に世界では宗教の教義に基づく、古来から継承されている慣習に従って自然葬が行われています。



    世界最古の予言者ザラスシュトラが開祖とされる拝火教では、インドムンバイの高級住宅街マラバール丘の葬送施設沈黙の塔で現在も鳥葬が行われており、他にもチベット仏教を信仰するヒマラヤの高地や内モンゴル自治区などでも行われています。


    日本でも、琉球地方や奄美地方では遺体を一時的に風葬した上で洗骨して土葬する自然葬が昭和40年代まで行われていた記録映像があり、古来より日本では自然葬が主な葬送方法だったと言え、現在の葬送方法の変化は自然な流れと言えます。